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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(あ)1657号 判決 1953年7月10日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

(一)  被告人前田庄平の弁護人清瀬一郎、同内山弘の上告受理申立理由第一点について

第一審判決が被告人前田に関する贈賄の事実を認定する証拠の一つとして同被告人の検事に対する供述調書を挙げていることは所論のとおりである。しかし所論のように警察において被告人に対し自白を強制したことを認めるに足る資料は記録上一つも存しないばかりでなく却って第一審における証人島清松の証言によれば所論のような自白強制の事実はなかったことが窺える。従って被告人前田の検事に対する供述に任意性のない疑がある旨の主張はその前提を欠くばかりでなく仮りに警察の取調に所論のような自白強制の事実があったとしても警察官から警察で述べたとおりに検事に言えといわれたことのないことは被告人が第一審公判廷において自認するところであり他に警察官による自白の強制が検事に対してなした自白にまで影響したことを確認し得べき何等の証跡はなくしかも被告人前田の検事に対する供述調書にその供述の任意性を疑わしめるに足る形跡のないことは後に論旨第二点について説明するとおりである。さすれば右供述調書を採証した第一審判決並びにこれを是認した原判決には所論のような違法はなく論旨は採用し難い。

同第二点について

刑訴三〇条一項において被疑者は被告人と同様何時でも弁護人を選任することができる旨を規定し又同三九条一項及び三項は身体の拘束を受けている被疑者は弁護人と立会人なくして接見し又は書類若しくは物の授受をすることができる旨を規定すると同時に特定の場合に限り検察官検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査)が右接見又は授受に関しその日時、場所及び時間を指定し得ることについて規定している。但し右日時その他を指定する場合であっても被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならないと厳にその行き過ぎを戒しめている。被告人前田が被疑者として警察にその身柄の拘束を受けていた間に同人とその弁護人との面接時間が所論のように二分ないし三分と指定されたとすれば当時かかる時間的制限を加える理由があったとしてもその指定が被疑者に権利として認められた防御準備のためには余りにも短時間に過ぎかかる措置の不当であることは一応これを認めることができる。しかし右不当な措置に対する救済の途は別に刑訴四三〇条四三一条に規定しており又所論のように右弁護人の面接の際、警察官が立会っていた事実があったとしてもただそれ等不当な措置が採られたことから直ちに同被告人の検事に対してなした自白まで任意にされたものでない疑があるとは断定し得ないところであってすべからく右任意性の有無はそれ等の事由とはかかわりなくその自白をした当時の情況に照らしてこれを判断すべきである。よって被告人前田の検事に対する供述調書を検討すると同被告人は検事から黙秘権を告げられた後任意に供述し且つ供述を録取した後これを読聞けられその誤のないことを認めた上で署名押印しており、しかもその供述内容は自然であって首肯せしめるものがありその間に何等矛盾のないことが認められ同被告人の供述が直接その取調に当った検事の不当な影響の下になされたことを疑わしめるに足る形跡は少しも認められない。さすれば被告人前田と弁護人が面接する際に採られた措置が不当であったことと同被告人が検事に対してなした自白との間に何等因果関係のあることの認められない本件において第一審判決が被告人前田の検事に対する供述調書を証拠に採ったことは少しも違法でなく同判決を是認した原判決は相当であって論旨は理由がない。

同第三点について

刑訴三二一条一項二号但書により検察官の面前における供述を録取した書面を証拠とするに当り該書面の供述が公判準備又は公判期日における供述より信用すべき特別の情況が存するか否かは結局事実審裁判所の裁量に委されているものと解するのが相当である(昭和二六年(あ)第一一一一号同年一一月一五日第一小法廷判決参照)。さすれば所論は結局第一審裁判所の右裁量権に対する非難に帰し論旨は採用に値しない(なお自白の任意性に関する論旨の理由のないことは論旨第二点について説明したとおりである)。

(二)  被告人前田庄平の弁護人清瀬一郎の上告趣意は憲法三四条違反を主張するがそれが若し被告人前田とその弁護人との面接権を不当に制限したことを理由に同被告人の検事に対する供述調書を罪証に供した第一審判決並びにこれを是認した原判決の違憲を主張する趣旨であるとすれば前記上告受理申立理由第二点について説明したように所論違憲の主張はその前提を欠くものといわなければならない。又若し右面接権を不当に制限したこと自体の違憲を主張する趣旨であるとすればこれに対しては別途に救済を求むべきことこれまた前に説明したとおりであっていずれにしても論旨は採用し難い。

(三)  被告人越良作の弁護人金光邦三の上告趣意は単なる訴訟法違反と事実誤認の主張を出でないものであって刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

(四)  被告人本郷良作の弁護人高見之忠の上告趣意第一点は憲法違反をいうが具体的にその条文を示していないばかりでなく、単なる捜査手続に対する違法、違憲の主張が適法な上告理由にならないことは既に当裁判所判例の趣旨とするところであり(昭和二三年(れ)第七七四号同年一二月一日大法廷判決参照)、同第二点及び第四点はいずれも単なる訴訟法違反、又同第三点は結局事実誤認の主張に帰しすべて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

また記録を精査しても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四一四条三九六条により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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